何度も行きたい!ジョン万次郎の人生に触れられる資料館✨
今日は何の日?☆
経歴に関わらず、努力で未来を切り拓いた人とは?☆
おはようございます!
たいようです😆☀
皆さんは、自分の過去を振り返ることはありますか?
ふと、あの頃は良かったなと振り返ることもあると思います。
かくいう私も、以前は過去の方が良かったなとか、
部活を頑張っていたなと、よく写真を眺めて懐かしんでいました。
過去を振り返ることが多いときでも、
歴史を好きになってからは、
過去から学ぶ大切さを知りました。
歴史の中でも、私の一番好きな”ジョン万次郎”は、
鎖国していた日本に、当時の海外の最先端を伝えた国際的な偉人です。
前にジョン万次郎の幼少期についてご紹介しました。
(ジョン万次郎の幼少期→https://taiyosunsun.blogspot.com/2022/01/blog-post_15.html?m=1)
今回は、そんなジョン万次郎が
過去の自分の境遇や状況にとらわれず、
努力で未来を切り拓いた話をご紹介していきます♬
―海外の最先端の知識や文化を日本に伝えたジョン万次郎―
必然的な偶然により、アメリカに渡り
日本と海外の懸け橋となったジョン万次郎。
鎖国していた日本に命懸けで帰国した後、
万次郎は、アメリカで学んだ
高等数学・英語・航海術などを
後に教育者や政治家、実業家として活躍していく若者達に教えます。
身分の縛りや制限の多かった「封建社会」から
一気に近代化が進み、より自由な今の社会へと繋がる「明治維新」へ。
ジョン万次郎が伝えた、世界へ通用する常識・知識は、
鎖国して閉じていたところから、
海外と繋がる国際社会へと変革していく際の
基礎知識となりました。
―ジョン万次郎は日本では教育を受けていなかった!?―
そんなジョン万次郎の経歴を見ると
「勉強」とは程遠いものでした。
裕福ではない漁師の家庭に生まれたため、
土佐にいた頃は学校に行けなかったのです。
万次郎の生きた江戸時代は、封建社会で
厳重な格差を含む身分制が確立されていました。
「士・農・工・商」という身分を表す言葉は
歴史の時間に聞いたことがあるのではないでしょうか?
文部科学省のHPに、そんな江戸時代の「幕末期の教育」について書かれていました。
「幕府を頂点とする諸藩連合という国家形態の下では、教育や文化の面における各地域の異質性や独自性、及びそれらの間の格差には、著しいものがあった。」
(引用:https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1318225.htm)
中でも、当時の土佐藩はというと、
最も封建社会の色が強いと言われており、
武士の中でも、上士と下士という身分によって
待遇にかなりの格差がありました。
それは、上士が通るときは下士は
顔を上げてはならないとされているほど。
漁師の身分に生まれた万次郎との格差は、
なおさら大きいものがありました。
そんな時代背景で、ジョン万次郎は、
生まれた地である日本の言葉でさえ
読み書きに触れていなかったにもかかわらず、
全く言葉も違う異国のアメリカで学ぶことになります。
そのきっかけは、人間愛溢れる素敵な船長との奇跡の出会いでした。
その船長とのエピソードは、またの機会にご紹介します♪
ジョン万次郎は、アメリカでは
小学校から入って勉強し、
総合でクラスのトップの成績をとります。
とても真面目で、勤勉な生徒だったと評判だったそうです。
その後入った高等航海士養成学校は、
当時のアメリカでもめったに進めない名門校。
万次郎は、そこでも懸命に学び、
なんと、その高等航海士養成学校を首席で卒業しました。
帰国後は、明治政府の依頼で
開成学校(現・東京大学)でも教鞭を取りました。
もともとは学ぶことすらできなかったところから
日本一の大学で教えるほどまでになるのは
本当に凄いことだなと思います!
↓こちらが万次郎が学んだ公立小学校の
「オールド・ストーン・スクール」です✨
(出典:https://www.johnmung.info/john_yukari.htm)
ジョン万次郎は、過去の経歴に関係なく、
自由を重んじるアメリカや海外の新たなる地で、
前向きに努力して、新しい知識やスキルをどんどん習得していきました。
一方、現在の日本社会では、以前より影響は小さくなっているものの
就職や転職の際や他の場面でも、学歴や、今までどんな経験をしてきたか、
そういった「過去」の経歴をもとに判断されがちだなと感じます。
ですが、経歴はあまり関係ないかもと思うようになりました。
私の世界が大きく広がるきっかけとなった
経営者の渡邊芳樹さんは、学歴自体は高卒です。
(私の世界がさらに広がるきっかけ→http://taiyosunsun.blogspot.com/2021/12/blog-post_13.html)
会社では、出世など、学歴も影響する可能性がありますが、
独立するために、学歴を気にせず、挑戦したそうです。
経歴関係なく、どんな人生にするかといった目標を色々掲げている
渡邊さんがおっしゃっていたことで
印象に残った言葉があります。
「過去の経歴や経験、今までがどうだったかは一切関係ない。
これからどうしたいか、どうなりたいかに興味がある」
この言葉を聞いて、自分の考えを変えるようになりました。
日々を楽しまれている、今の渡邊さんがあるのは、
過去にとらわれず、未来を見て
"今"の努力を積み重ねられているからだなと思います。
その姿を見たときに、
今まではこうだったしなという考えや
逆に、前はこんなに頑張っていたのに
といった「過去」に縛られていた私も、
考え方を柔軟に変えることができました。
そして、独立される過程でも、独立された後も
未来を見て、努力を積み重ねて
自分を変化・成長させ続けている渡邊さん。
そんな渡邊さんだからこそ、
今までこうだったという「過去」で人を判断せず、
どこまでも人の可能性を信じられるんだなと気づきました。
渡邊さんの経験からくる言葉は、
胸にすっと深く入ってくるなと感じます。
私も、過去がどうであれ
これからどうするかを意識して、
努力を積み重ねていきます!😆
ジョン万次郎の幼少期☆
格言✨〜吉田松陰先生〜
理想なき者に計画なし
実行なき者に成功なし
故に、夢なき者に成功なし」
振袖👘
読書と人との出会いから学んだ解釈の大切さ☆
こんばんは!
たいようです😆☀
皆さんは本を読む習慣はありますか?☆
読書は、知識が増えるだけでなく
リラックス効果もあるそうです。
読書の効果はそれだけではありません。
本を一冊読むと、年収が一万円アップするというのも聞いたことがあります!
それだけ読書には価値があります。
そんなメリットがある読書ですが、
私自身は、元々はそんなに本を読む方ではありませんでした。
そんな私が本を読む価値に気づいたきっかけは、
ジョン万次郎さんの生涯が書かれた本を読んだときでした。
元々、学生時代にジョン万次郎さんのことを知ってから
すごい人がいるな、困難が来ても前向きに
切り開いていく人はかっこいいなと思っていました!
でも、その時はあまり詳しくは知らず、
あくまでイメージでしかありませんでした。
社会人になって、
ジョン万次郎さんゆかりの高知県を訪れた際、
観光協会の方におすすめしていただいたので
直系の曾孫さんが書かれた本があるとお聞きして
読んでみました!
その本が、中濱武彦さん著の
『ネバーギブアップ ーどんな時も強く生きるー』でした。
(出典:ネバー・ギブアップ ジョン万次郎ーどんな時も強く生きるー 中濱武彦/著 (kklong.co.jp))
直系の子孫である中濱武彦さんが
ありのまま聞いた話や、
当時のジョン万次郎さんの考えや感情も書かれている本で
より深くジョン万次郎さんの人となりや人生を知ることができました!
また、偉人のジョン万次郎さんも同じ人間で、
似たようなことで悩んだり
それでも試行錯誤を繰り返して、何とかしようともがいたから
人生かけて、海外と日本を繋いだり、
今の日本の礎となるものを築くという偉業を
成し遂げられたんだなと知って感動しました。
ジョン万次郎が余生によく子孫の方におっしゃっていたという
「決して諦めてはいけない」という言葉。
今まで何度も聞いてきたことがあるかと思います。
この本を読み、ジョン万次郎の人生を知ってから
この言葉の重みや深さをより感じるようになりました。
波乱万丈なその人生は、
一見すると苦難の連続にも見えます。
それでも、自分にできることはなにか
常に考えて行動に移し続ける。
その姿勢が、本当にかっこいいなと思います✨
私が仕事でうまくいかなかったときにも、
ジョン万次郎も、違うことだけれど
似たようなことで悩んでいたり
それでも諦めずに続けた先に成し遂げたことをみると
諦めずに信念を貫いていいんだと思えたり
勇気をいただけました。
そこから、本を読むことは、
たった千円〜数千円で、
歴史も時間も超えて、だれかの知識や経験を借りられる
貴重なことなんだと体感して気づきました。
ジョン万次郎さんの人生を本で読み、当時思ったことは、
大きな壁があろうと、諦めずに世のため人のために尽力する生き方がしたい!ということでした。
どれだけ大きな壁であっても、諦めずに乗り越えていく姿が素敵で、
ジョン万次郎さんがどうやって乗り越えていったかを考えてみました。
・無人島で食べるもの飲むものがない中、4-5ヶ月過ごさないといけなかった時
・初めて異国の船に乗った時
・アメリカに渡った際に、肌の色が違うと差別された時
・日本を守るために帰国した後、スパイ容疑をかけられた時 など
共通しているのは、あらゆるピンチと思われる場面で
前向きな解釈をされているということに気づきました。
なにか心折れそうな時、ピンチが訪れた時に
どんな考え方をするかで、
その後の行動も大きく変わるなと思います。
今までの人生を振り返ると、
自分の人生を考えるときや、狭かった視野を広げたときに
読書だけでなく、人との出会いも大きかったなと思います。
人との出会いで印象に残っているのは、
自分の世界が大きく広がったきっかけの渡邊芳樹さんとの出会いを思い出します。
(自分の世界が大きく広がったきっかけ✨
→http://taiyosunsun.blogspot.com/2021/12/blog-post_13.html)
会社の上司や先輩にも恵まれていましたが、
渡邊さんは未来に希望を持ち、今を楽しんでいて、
とっても活き活きとされており、周りとは何かが違うと感じました。
今までは、自分が経験したことでしか考えられなかったですが、
お話をお聞きして、色んな考えや生き方があることを知ることができました。
渡邊さんにしても、ジョン万次郎にしても、
ピンチに立ち向かうときには同じ考え方をされている印象があります。
それは「事実は同じでも、解釈の仕方次第」ということ。
何か起きたときに、落ち込んで立ち止まるのではなく
経験の一つだと捉えて切り替えて次に進む。
もちろんしっかりと考えて受け止め、
改善すべきところは改善して
どうやったらできるかだけを考えることが大切になります。
渡邊さんとお話しする中で、渡邊さんと自分では解釈の仕方が違うのを体感しました。
そのおかげで、落ち込んだり考えて立ち止まったりすることもありますが、
必要以上に引きずらず、切り替えて頑張ろう!と思えるようになりました。
そんな渡邊さんも、はじめから前向きな解釈をできたわけではなかったそうです。
渡邊さんは高卒で会社で働いており、かなり安定志向だったところから、
よりよい人生にしたいと独立してチャレンジすることを決断され、努力してきたと聞いています。
ご自身の独立の際に
たくさんうまくいかない経験をしながらも、
前向きな解釈ができるように努力し、
ピンチも乗り越えてきたからこその言葉だなと感じます。
信念をもって貫き、夢を叶えるために
実際に独立して、ステージを上げていく姿は本当に凄いなと思います✨
私も渡邊さんのように、前向きな考え方をして
自分の夢に向かって努力する生き方をしていきます!
三菱の原点となる有名な経営者☆岩崎彌太郎の少年時代に迫る!
江戸時代を感じるスポット✨
江戸幕府の主要機関で、老中支配の江戸市中の行政・司法・警察を兼ねる組織です。御番所と呼ばれ、最初は奉行の役宅があてられ、その後常盤橋御門内(北)と呉服橋御門内(南)がおかれます。いくどかの所在地変遷があり、一時期、中御番所を含む3か所となりました。享保4年(1719)以降は2か所にもどり、、南御番所は現在のJR有楽町駅南口銀座側に所在しました。南町奉行所、北町奉行所は時代劇などでの通称です。 |
掘った芋いじるな!?🍠
日本と海外の架け橋となった"サムライ"✨
140年ぶり🌔
私にとっての歴史の価値🌱
今日はなんの日?☆
こんばんは! たいようです😆☀ 今日、6月27日は ジョン万次郎か、漂流して143日間のサバイバル生活を経て ジョン・ハウランド号で救われた日です! ホイットフィールド船長との軌跡の出会いの日✨ 皆さんにも素敵なご縁がありますように😌🍀